2012年2月6日月曜日

区民マラソン

2/5区民マラソンに参加してきました。

お天気は風も無く、思ったよりも寒さも緩和された・・・でももう少し日差しは欲しかったかなぁ(・・;)

家族4人エントリーです。
復興Tシャツで参戦です!!





このTシャツは『ボールはともだち大作戦』  (クリスマス大作戦)の応援Tシャツです!!
大槌のサッカーボウズ達を元気にさせた、とてもステキな作戦にまんまとはまり(笑)似つかわしくなくサンタおじさんにサンタおばさんをやっちゃった訳で(^з^)-☆
作戦の結果・・・詳しくはこちら↓をご覧ください!!
http://blogs.yahoo.co.jp/nataran7353/7689956.html

さてさて、本日の結果は・・・。
チーム「ガンバッツォ」でお友達家族と参加です。
なんかイタ飯みたいな名まえだなぁ(笑)といわれつつφ(.. )
旦那様と私ことマダムは5KmRunに出走しました。

スタートの号令がかかるやいなや・・・まぁ~なんともスピードが速い速い!
ジョギング程度の速度の私はあっという間に置いていかれるわけですね(爆)
しかし、そのペースにはまってしまって、呼吸が取れない(>_<) 
うぅぅぅ~苦しいぃぃぃ~。
ペースを取るため、歌いながら走り始めました。
♪うえをふっふっ、むういてふっふっ、あ~ふっふっ、こぉ~ふっふっ。んっ!違う!!違う!!
♪しんあわせはぁ~(息吸う、吸う) あんるいてこない(息吸う、吸う)
おーペース取れてきたぁ!!

とまぁ、裏道でふざけてますがかなりハーハー、ゼーゼーしてるんですわ(笑)

マダムはアドレナリンでおかしくなってる?!(;´д`)
旦那様も疾走?失走中!!練習不足が祟り思うように足が上がりません。それでも去年よりは走れていたようです。
マダムはペース配分が結局できずに、わき腹に激痛・・・( ̄□ ̄;)!!
昨年のタイムをUPする事が出来ませんでした・・・残念。
旦那様は昨年度よりタイムUPで喜んでおります。なんとも憎たらしいわっ!

長男くん3Km、次男くん2Kmもがんばりましたぁ。
しかし、子ども達のペースは物凄く速くて!驚きです。
ずーっと全力疾走状態なんです(爆)

お子チャマ達から
「きつかったけど、走り終わったらすんごい気持ちよかったよ!!」
う~ん(*^_^*)それそれ!その気持ちずーっと忘れんなよ。

しかし、走り終わってバタンキューーーのお子チャマ達でした
( ̄~ ̄) 若さはないんかい!

2012年1月27日金曜日

身内の身になって考えてみる

「人の立場に立ってみる」とよく言いますが、痛い、痒い、辛いというものは当の本人でなければ本当に分かりえないことだと思います。

それなら「身内の身になって考える」なら出来るのではないでしょうか?

5、6年ほど前、美容室で働いていた頃に、あるお客様が話してくれました。

自分の息子が某ハンバーガーチェーン店で初めてアルバイトをすることになったのだそうです。

お母様は心配も心配!!なにが心配って。
「お客さんに怒鳴られてやしないか、怒られてやしないか・・・。
今までは店員の手際が悪いとか、態度が横柄だとかお客の立場からしか見ていなかった。気に入らないことでクレームを出したこともある。
息子さんがアルバイトを始めてからは、この人もあの人も一所懸命に働いているから・・・。」と考え方が変わったそうです。

これは、1/17の阪神淡路大震災の日のツイッターでその当時に・・・と言うツイートを見たことからふっと思い出したことでした。

あの時、自分もまだまだひよっ子でした。
一度だけ募金をしました。
そして中越地震の時も一度だけ募金しました。
九州地方の台風の時も一度だけ募金しました。
そして募金をしたことで満足しきっていました。

東日本大震災・・・どれだけ多くの人が幾度も幾度も支援してくださっているか。
自分の行動に恥ずかしさを思い知ることに(>_<)

そして、あの時の被災の方々、ご家族の方をなぜ今の自分の気持ちのように考えることが出来なかったのだろうか。

あのお母様の話を伺ってからは、不機嫌だったり、無愛想だったりしてもなにか理由があるのだろうと冷静に対応できるようになりましたね。
そして、いろんな局面から見ることが出来るようになりました。

もし、この子が自分の子どもだったら?
もし、親だったら?
もし、兄弟だったら?

えっ!!それまではどうだったかって?
自分勝手で自己中心。自分一番、人は二番!
尖がってばかりだったかも。
今思えば、20代ってそんな感じですよね(^.^)

30代にはだいぶ尖(トン)がりもへし折れ、角が取れ、40代半ばにもなるとまあるくなってきたかなぁ?とは思うんだがwww.

うちの旦那様は言います。
「おんなからカンナになるんだから・・・」大工道具かい( ̄□ ̄;)!!
意味を聞いたら、特に意味はなくゴロ合わせ見たいなことを言ってました。

まぁ、カンナで尖がりを削りまあるく、まあるくなりますかぁ~。

2012年1月19日木曜日

家、取り壊しに・・・(T_T)/~

安渡にポツンと残っていた私の実家。
とうとう、取り壊しになりました。

この写真は8月の帰省の時、お墓参りに高台の墓地に上がった時、撮りました。
本当にポツンと鉄骨で残っていました。

母メール:その1
【家が取り壊しになり敢然に心の寂しさがあり階段が津波の記念になりました】

取り壊し前日の写メです。
両親はどんな思いで見ていたのでしょう。

金沢の山奥に避難しているため、この自宅に来るのに20~30分もかかること、また満潮時には冠水があり、自宅近くまで行くことができなかったと話していました。

 母メール:その2 
【残骸朝日に照らされ2人で眺め寂しくなみだになりました自分が居なくなったような気分】
まったく句読点の無い文面・・・。
朝、市場に出るのに立ち寄ったのでしょう(;´д`;)
とうとう、取り壊されてしまいました(;_;)
母から写メで送られてきました。

妹からも写メが。
すっかり跡形もなくなってしまいました。

いろんな思い出。
そりゃ、小さいころのことはもちろん。

出産の里帰りのことも思い出す。
じいちゃんが子ども達をたらい風呂に入れてくれたっけ・・・。



バイク仲間が岩手まで遊びに来てくれて、ベランダでBBQしたっけなぁ~
 ベランダに登る外階段の再利用が決まりました。
新しく入所する仮設加工所に取り付けてもらえる事になりました。
半分に切断して、2箇所に取り付けるのだそうです。

取り付けました。
こんな感じです。
しかし、あの津波の中にこの階段はあったのです。
どっぷりと波にのまれていたのです。

でも、何も語ることは無く、物言わず、また父と母を助けるためにここに取り付けられることになり・・・。
私も何度となく上り下りした階段がここに残る。
辛くもあるが、うれしくもある・・・とても複雑な気持ちφ(.. )

2012年1月13日金曜日

写真でガマン、ガマン


鮭のとば
 なんとも言えない光景です。
(^з^)-☆おいしそうな、おいしそうな鮭のとばです。

これを裂いて、ストーブの上でちょこっとあぶってから食べる。
お酒のアテには最高でございます。

しかし、食べ過ぎると喉が渇くんですよね(笑)




母が携帯を駆使して送ってくれる写メールですが、この接写感がなんとも上手なんですよね。
本当においしそうに写真を撮ってくれる!!罪な人だφ(.. )


意図として撮っているわけではないのでしょうが・・・。
躍動感ありますねぇ。

これは 鏡魚といいます。
既に、頭は無いので「どんな魚?」って感じしますよね。
鏡と言われるくらいですから、本当にピカピカとべがめって(光って)いるんです。

太刀魚みたいな表面ですかね。(えっ(・・;)太刀魚知らない?そこにはつきあってらんない。もぉ~)

これがまた、見た目と違い脂がのってておいしいんですよ~。

忙しい中おいしさを写メールしてくれるのはありがたいですが・・・うーーーーっ!ガマン、ガマンですよ┐('~`;)┌

おかあさん、さがな 食いってぇでばぁ!!(笑)

2012年1月4日水曜日

2011~2012へ

新しい年を迎えました。

昨年中は友人、知人、会社、そしてツイッターの皆様・・・etc
そして、東日本大震災に関わった方々に。
大変お世話になりありがとうございました。

皆様へ
 

一文字では言い表すことは出来ない。

どれだけ多くの方々に助けていただいたことか・・・m(_ _)m
年頭のご挨拶とさせていただきます。

子どものお習字の練習に付き合い、とてもこの文字を書きたくなった。
久しぶりに真剣にお習字してしまいました(^^ゞ


2011年12月29日木曜日

3.11を振り返って・・・ 当日

2011年も残すとこ2日となりました。
激動、変化、災い、家族・・・といろいろと振り返ってみる事にしました。

3.11の東日本大震災
あの日を綴っておこう

記憶、日付は記したものではないので不鮮明な部分ではありますが・・・。

3.11(金) 地震発生!!私はいつもと変わりなく業務を行っていたが、反射的に2階から駆け下り玄関を開け避難路を確保した。
でも、そこから動く事が出来ない。ドアノブを押さえたまま立ち尽くしていた。
横浜は震度5強。目の前の家や電信柱が奇妙に揺れているのを見ながら、長い長い揺れに「この遊具から降ろしてくれ~」と三半規管がおかしいのではないかと自分を疑い、平静を保とうと必死だった。

一時、揺れが納まり放心状態・・・でも、岩手に居るころは幾度かそういう地震には直面した。しかし、こんなに長い揺れは初めて。
「今、何時?子ども達は・・・?」
長男くんは?5時間授業だから学校だ!。次男くんは・・・今日ははまっこ(放課後クラブ)に居る、学校に居るんだから大丈夫。

ナゼなのか?その日次男くんは、本当は4時間授業で帰宅予定だったが、その日に限ってなぜかはまっこの教室に行ってしまったらしく「はまっこに来ちゃったから、マー兄(にい)と一緒に帰るからマー兄が終わるまで居てもいい?」と指導員を通じて会社に電話があった。
私としてはその方が帰宅も安心と思い了解した。
瞬間に「2人とも学校に居る。」それが少しの安心だった。

幾度となく繰り返す地震。しかし、会社のある地域では停電は無かったため、社内的には単なる地震と言う感覚であった。
焦っているのは自分だけだったかもしれないなぁ。
ネットで地震の現状を把握すべく地震情報を探るがアクセスできない。パンクしてる!
主人にTELしようとしても携帯電話も通話不能、メール不能・・・どうなってる?

また地震、まただ、まただ・・と言っている内にあっという間に時間が経過していた。
そして、情報は携帯のワンセグの視聴で知る事になった。
津波の情報、岩手にはM9 震度8?!「日本が壊れてないのか?」ととっさに思った。
津波は?何メートル?3mとか5mとか・・・。
まもなくして、宮古市の津波の映像が流れた。ワンセグで見る映像で市場付近か「あ~~、よごだが流れてる?!違う、違う車だ。」
(よごだとは魚を入れる籠)
その瞬間に安渡の魚屋が頭に浮かんだ「父さん、母さんは?弟は?」
三人とも海のすぐ近く、防波堤の外に居る・・・携帯は繋がらない(;_;)
すぐ、逃げたのか?

私はどうすればいいのだろう、何をすれば・・・。頭がまわらなかった。
まずは、学校に子ども達を迎えに行かなければ、必要なら学校に再度避難か。
午後4時を過ぎたころメールにやっと着信音が鳴った。

学校からの一斉配信:余震が納まったので帰宅させます。(他省略)
「えーーーっ、余震落ち着いたって言っても、子どもだけでの帰宅は危険でしょ。」

同時にマンションのママから「子ども達を一緒に連れて帰ってるので心配しないで。」とメールが繋がったところにまとめて入っていた。地震後に心配したママが素早く学校に駆けつけてマンションの子ども達を早々に連れ帰ってくれたようでした。(ちょっと安心)

会社に早退の届けを出し、一目散に車に乗り込み家に帰る。その時車のガゾリンが半分だった事をなぜか覚えている。スタンドに寄ろうか?とほんの一瞬よぎったがそれどころでは無いよなと言う自分が居てスタンドを素通りした。後々これが残念な結果になるとは思いもしなかった。

マンションに帰ると玄関に『〇〇号室に居ます。』と張り紙がしてあった。
その場所へ行くと、連れ帰ってくれたママたちと子ども達が集結していた。そして主人も( ̄□ ̄;)!! あたしより早い!!
主人も玄関の張り紙を見て来ていた。とりあえずは我が家の顔は揃った。
も~う、平に平にお礼を述べた。本当にありがとうございますと。
自宅マンション付近も停電はしていなかったので、その場で津波の映像を見ていた・・・仙台だったと思う、まさか大槌や釜石がとてつもない津波に襲われていることを知らずに。

子ども達はそのお宅に犬をケージに入れて避難させていた。
その行動には少し驚いた、最初はそのまま連れて行こうとしたらしいが┐('~`;)┌

自宅に戻り、TVをつけた。
余震が続く・・・呆然とする自分とは裏腹に子ども達が防災用品を持ってくる。「お母さん、この袋だよね。食べ物とかはどうする?どの袋に入れる?」頼もしい限りだが私が判断がつかない。TVに釘付けになるからだ。
でも、これじゃイケナイ!!と乾麺や缶詰、手当たり次第入れられるものは詰めた。
ここも停電になるかも知れないと子ども達にはヘッドライトを首からぶら下げた。
地震がきたらまずは腹ごしらえ!そうばあちゃんに教えられた。
午後5時・・・夕飯には早すぎるがご飯を食べる。何を食べたかは覚えていない。

その後、TVで釜石の津波、大槌の町長が流されたと知る?
どうなってる?岩手と連絡がつかない。そこから今の自分の現状から岩手の家族や親戚・・・どうすればいいんだ?誰に連絡すればいいんだ?

名古屋の叔父からTEL。岩手に連絡するが誰とも連絡がつかない、それは私も同じだと話す。名古屋の叔父から山田の叔父は仕事で富山に居てこれから岩手に向うとのことだった。
すぐに山田の叔父の携帯に電話をした、とにかく声が聞けることがうれしかった。山田の叔父は無事だったと。

山田の叔父は富山から秋田経由で岩手に向かうという。どうなってるか連絡はするから・・・私はとにかく情報を集め連絡することを約束した。

そして、この夜はほぼ眠ることは無かった。
TVとラジオとネットを主人と見ることしか出来なかった。そしていつ来るか分からない地震、度々にけたたましく鳴り響くエリアメールにいつでも避難できるように。

ただ、今思うことはあの日このエリアが停電しなかったため、私達の恐怖感が少なかったこと、どこか他人事のようだった。

2011年12月23日金曜日

♪お山のお山の魚屋さん

「まさか、山で魚屋するとはなぁ(笑)」と母が言いました。
山々に囲まれた中に新巻鮭やカレイ、スルメにハモを干す。
やはりなんともおかしな光景なんだろう・・・(・・?)

おーーーーっ(^^)v
立派にうんまそうな新巻鮭が並んでおります。

いつもの風景が見えます。
何百本と言う鮭をさばき、塩漬けにして・・・洗って干す。

大きな大きな鉈のような出刃包丁で切る。
切り口に出る鮭の脂(^○^)

いや~想像するだけでよだれが出ます。
思わず唾をのんでしまいます。

この棚をじいちゃんががんばって作ったのかぁ。
このS字フックも一人で曲げだんだべなぁ。


母と笑う「♪お山のお山の魚屋さん」節はかわいい魚屋さんですがね(笑)

次の日に写メが届きました。
カレイの一夜干し。これがまたたまらなくおいしい。

じいちゃん曰く、
カレイはさっとあぶるくれぇでいい。
馬の鼻息ぐれぇでな。

馬が「ぶるるるるぅ~」って言うくらいかしら?いまだに不明。
でも、そうだちょっと目を離したスキに縁側が焦げちゃうんですよね(笑)
これは、アナゴとハモだそうです。
お正月お煮しめに入れる大事な大事な具材ですねぇ。
干して、表面を少し焼いて出来上がり。
それをそのまま食べてもおいしいですが!!

干してる先から売れてしまうそうです。
まいどありィ~m(_ _)m

そして本日、届いたのがこれ!
おーーーっ!!来た来たぁ。
はらんこに新巻鮭、干しカレイ。

これだからご飯は外せない。
パンには合わないでしょ(笑)
これでまた〇Kg増えちゃうのかなぁ・・・。用心、用心。

♪お山のお山の魚屋さん
越田鮮魚店、まだ品数は少ないですが詰め合わせ発送できるそうです。