2011年12月29日木曜日

3.11を振り返って・・・ 当日

2011年も残すとこ2日となりました。
激動、変化、災い、家族・・・といろいろと振り返ってみる事にしました。

3.11の東日本大震災
あの日を綴っておこう

記憶、日付は記したものではないので不鮮明な部分ではありますが・・・。

3.11(金) 地震発生!!私はいつもと変わりなく業務を行っていたが、反射的に2階から駆け下り玄関を開け避難路を確保した。
でも、そこから動く事が出来ない。ドアノブを押さえたまま立ち尽くしていた。
横浜は震度5強。目の前の家や電信柱が奇妙に揺れているのを見ながら、長い長い揺れに「この遊具から降ろしてくれ~」と三半規管がおかしいのではないかと自分を疑い、平静を保とうと必死だった。

一時、揺れが納まり放心状態・・・でも、岩手に居るころは幾度かそういう地震には直面した。しかし、こんなに長い揺れは初めて。
「今、何時?子ども達は・・・?」
長男くんは?5時間授業だから学校だ!。次男くんは・・・今日ははまっこ(放課後クラブ)に居る、学校に居るんだから大丈夫。

ナゼなのか?その日次男くんは、本当は4時間授業で帰宅予定だったが、その日に限ってなぜかはまっこの教室に行ってしまったらしく「はまっこに来ちゃったから、マー兄(にい)と一緒に帰るからマー兄が終わるまで居てもいい?」と指導員を通じて会社に電話があった。
私としてはその方が帰宅も安心と思い了解した。
瞬間に「2人とも学校に居る。」それが少しの安心だった。

幾度となく繰り返す地震。しかし、会社のある地域では停電は無かったため、社内的には単なる地震と言う感覚であった。
焦っているのは自分だけだったかもしれないなぁ。
ネットで地震の現状を把握すべく地震情報を探るがアクセスできない。パンクしてる!
主人にTELしようとしても携帯電話も通話不能、メール不能・・・どうなってる?

また地震、まただ、まただ・・と言っている内にあっという間に時間が経過していた。
そして、情報は携帯のワンセグの視聴で知る事になった。
津波の情報、岩手にはM9 震度8?!「日本が壊れてないのか?」ととっさに思った。
津波は?何メートル?3mとか5mとか・・・。
まもなくして、宮古市の津波の映像が流れた。ワンセグで見る映像で市場付近か「あ~~、よごだが流れてる?!違う、違う車だ。」
(よごだとは魚を入れる籠)
その瞬間に安渡の魚屋が頭に浮かんだ「父さん、母さんは?弟は?」
三人とも海のすぐ近く、防波堤の外に居る・・・携帯は繋がらない(;_;)
すぐ、逃げたのか?

私はどうすればいいのだろう、何をすれば・・・。頭がまわらなかった。
まずは、学校に子ども達を迎えに行かなければ、必要なら学校に再度避難か。
午後4時を過ぎたころメールにやっと着信音が鳴った。

学校からの一斉配信:余震が納まったので帰宅させます。(他省略)
「えーーーっ、余震落ち着いたって言っても、子どもだけでの帰宅は危険でしょ。」

同時にマンションのママから「子ども達を一緒に連れて帰ってるので心配しないで。」とメールが繋がったところにまとめて入っていた。地震後に心配したママが素早く学校に駆けつけてマンションの子ども達を早々に連れ帰ってくれたようでした。(ちょっと安心)

会社に早退の届けを出し、一目散に車に乗り込み家に帰る。その時車のガゾリンが半分だった事をなぜか覚えている。スタンドに寄ろうか?とほんの一瞬よぎったがそれどころでは無いよなと言う自分が居てスタンドを素通りした。後々これが残念な結果になるとは思いもしなかった。

マンションに帰ると玄関に『〇〇号室に居ます。』と張り紙がしてあった。
その場所へ行くと、連れ帰ってくれたママたちと子ども達が集結していた。そして主人も( ̄□ ̄;)!! あたしより早い!!
主人も玄関の張り紙を見て来ていた。とりあえずは我が家の顔は揃った。
も~う、平に平にお礼を述べた。本当にありがとうございますと。
自宅マンション付近も停電はしていなかったので、その場で津波の映像を見ていた・・・仙台だったと思う、まさか大槌や釜石がとてつもない津波に襲われていることを知らずに。

子ども達はそのお宅に犬をケージに入れて避難させていた。
その行動には少し驚いた、最初はそのまま連れて行こうとしたらしいが┐('~`;)┌

自宅に戻り、TVをつけた。
余震が続く・・・呆然とする自分とは裏腹に子ども達が防災用品を持ってくる。「お母さん、この袋だよね。食べ物とかはどうする?どの袋に入れる?」頼もしい限りだが私が判断がつかない。TVに釘付けになるからだ。
でも、これじゃイケナイ!!と乾麺や缶詰、手当たり次第入れられるものは詰めた。
ここも停電になるかも知れないと子ども達にはヘッドライトを首からぶら下げた。
地震がきたらまずは腹ごしらえ!そうばあちゃんに教えられた。
午後5時・・・夕飯には早すぎるがご飯を食べる。何を食べたかは覚えていない。

その後、TVで釜石の津波、大槌の町長が流されたと知る?
どうなってる?岩手と連絡がつかない。そこから今の自分の現状から岩手の家族や親戚・・・どうすればいいんだ?誰に連絡すればいいんだ?

名古屋の叔父からTEL。岩手に連絡するが誰とも連絡がつかない、それは私も同じだと話す。名古屋の叔父から山田の叔父は仕事で富山に居てこれから岩手に向うとのことだった。
すぐに山田の叔父の携帯に電話をした、とにかく声が聞けることがうれしかった。山田の叔父は無事だったと。

山田の叔父は富山から秋田経由で岩手に向かうという。どうなってるか連絡はするから・・・私はとにかく情報を集め連絡することを約束した。

そして、この夜はほぼ眠ることは無かった。
TVとラジオとネットを主人と見ることしか出来なかった。そしていつ来るか分からない地震、度々にけたたましく鳴り響くエリアメールにいつでも避難できるように。

ただ、今思うことはあの日このエリアが停電しなかったため、私達の恐怖感が少なかったこと、どこか他人事のようだった。

2011年12月23日金曜日

♪お山のお山の魚屋さん

「まさか、山で魚屋するとはなぁ(笑)」と母が言いました。
山々に囲まれた中に新巻鮭やカレイ、スルメにハモを干す。
やはりなんともおかしな光景なんだろう・・・(・・?)

おーーーーっ(^^)v
立派にうんまそうな新巻鮭が並んでおります。

いつもの風景が見えます。
何百本と言う鮭をさばき、塩漬けにして・・・洗って干す。

大きな大きな鉈のような出刃包丁で切る。
切り口に出る鮭の脂(^○^)

いや~想像するだけでよだれが出ます。
思わず唾をのんでしまいます。

この棚をじいちゃんががんばって作ったのかぁ。
このS字フックも一人で曲げだんだべなぁ。


母と笑う「♪お山のお山の魚屋さん」節はかわいい魚屋さんですがね(笑)

次の日に写メが届きました。
カレイの一夜干し。これがまたたまらなくおいしい。

じいちゃん曰く、
カレイはさっとあぶるくれぇでいい。
馬の鼻息ぐれぇでな。

馬が「ぶるるるるぅ~」って言うくらいかしら?いまだに不明。
でも、そうだちょっと目を離したスキに縁側が焦げちゃうんですよね(笑)
これは、アナゴとハモだそうです。
お正月お煮しめに入れる大事な大事な具材ですねぇ。
干して、表面を少し焼いて出来上がり。
それをそのまま食べてもおいしいですが!!

干してる先から売れてしまうそうです。
まいどありィ~m(_ _)m

そして本日、届いたのがこれ!
おーーーっ!!来た来たぁ。
はらんこに新巻鮭、干しカレイ。

これだからご飯は外せない。
パンには合わないでしょ(笑)
これでまた〇Kg増えちゃうのかなぁ・・・。用心、用心。

♪お山のお山の魚屋さん
越田鮮魚店、まだ品数は少ないですが詰め合わせ発送できるそうです。

2011年12月22日木曜日

サンタがマンションにやってきた

マンション子ども会のクリスマス会楽しく開催いたしました。

サンタがマンションにやってきた~(*^_^*)

子ども会に参加のパパと中学生のお兄さんがサンタに協力してくれました(ありがとうございます)

なんとこのサンタさんは、自転車に乗ってきたんですよ(笑)
会場は大爆笑でした。
そして、パパサンタはなんとアフロヘアーではありませんかぁ!!

さてさて、サンタさんへの質問コーナーを設けてみました。
Q1. サンタさんはなにで来たの? → 自転車です(^^ゞ
Q2. サンタさんはなんで痩せてるの? → サンタの世界もダイエットブーム!
Q3. サンタさんはなぜクロックス履いてるの? → ・・・流行ってます。
etc・・・・・・

子ども達の素朴な質問に大人達も驚くばかりでした。
クロックスは衣装でもなんでもなく、たまたま履き合わせてしまっただけなんですけど┐('~`;)┌

ママ達の手作りお菓子プレゼントもいただき、また来年会いましょうとサンタは去っていきました。

その後はゲーム大会!
チームに分かれて手をつなぎ、フープを通していくのですが・・・。
手を離してはいけません。忘れていませんか?足。
そうなんです。手を通し、頭を通しても足が通っていない(>_<)
これが結構面白いゲームでした(笑)

それからクリスマス担当の子ども達ががんばって練習したクリスマスソングの演奏。
なんと我が家の長男くんと次男くんはたて笛担当で、一番危ぶまれていたのですが、思った以上に練習を積んでくれたので主人も感動するほどいい演奏でした。
えっ?!何を演奏したかって。
キラキラ星とジングルベルです。
いまだにまだドド・ソソ・ララ・ソー♪と口ずさんでいますよ。

最後はお楽しみのクジです。

末等はサランラップから一位は商品券まで!!
我が家はシャンメリーが当たりました
o(^-^o)(o^-^)o

クリスマス本番にいただきますm(_ _)m
とてもいいクリスマス会でした。

2011年12月17日土曜日

パイを焼く!

明日はマンション子ども会のクリスマス会です(*^_^*)

子ども達へのプレゼントは有志のママさん達の手作りお菓子です。
私も今夜は徹夜で作りますよぉ~(笑)
『ポテトアップルパイ』で~す。

先ずはパイシートを常温で半解凍まで溶かします。

気をつけないと乾燥しちゃったりするのでね。




サイズはお好きに!!ですが、私は6等分で写真のように3枚に餡を載せます。
 



2枚を重ねて!フォークで上と下のシートをくっつけます。
これっ、解凍が進んでないと「パリッ(>_<)!!」と割れちゃいますから気をつけてね。






今回、お試しに購入してみたのが、シリコンシート。
そうです、このパイの下に敷いているのが・・・。
どう考えても熱で溶けてしまいそうなんですが( ̄□ ̄;)!!

ますば卵で表面にお化粧をして・・・と。
オーブン投入、しばし私は休憩~。

予熱しておいた180度のオーブンに入れて18分から20分コーヒーを飲みながら待ちます。

 
ジャジャジャ、ジャ~ン♪
ほっくりと焼けました(^^ゞ シートも溶けてな~い。

まずはお味見です。
子どもが「お母さ~ん、何個食べていいのぉ?」
父「おっ!パイだから2個ぉ!!」
┐('~`;)┌オイオイ!!父ちゃんよ。子ども相手にエロトークかよ(笑)

まずはともあれ、子ども達の分30個。お友達用に追加増産で50個近い量のパイを焼きました。

これがその証拠!!
全部開封済みですよ。

そして、まだまだ焼き途中ですが、山盛りのパイでございま~す(^○^)
なんか、ドラえもんの倍バイまんじゅうみたいでしょ(笑)


しかし、これからあら熱を取らないと
パッケージできないんですよ・・・。
さて、少しずつですがラッピングを始めましょうかね。

2011年12月11日日曜日

越田鮮魚店 復活を目指して!!

お待たせいたしました!! 越田鮮魚店が復活です。
【くらしの特選街】
http://guidex.jp/kosita/index.html(移転済みによりNot Found)
こちらに連絡先が掲載されておりますのでどうぞご覧ください。

少しずつではありましたが、鮮魚店を復活させるべく両親は前に前に進んでおりました。
そして、昨日大槌町で行われた『鮭復興祈願祭』に出店をいたしました(^人^)(^V^)(^人^)(^V^)(^人^)(^V^)


【サケが縁、交流生む カナダの協力で「帰願祭」 大槌】
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/12/20111211t33004.htm


大槌町にできる仮設加工所に入所できることも決まりました。

いつになるのかはまだ未定の状態ですが、もう近い“いつ”まできているようです。
新巻鮭も順次作っているようです。

毎年のような年末の詰め合わせは難しいとは思いますが、新巻鮭の発送も出来るようになりました。
ただ、水揚げの量も船の関係などもあり、まだまだ足りない状況のようです。
ですが、年明けを待たずして越田鮮魚店復活をここに、皆様にお知らせ出来ることが何よりの朗報です。

そして、先日母が「今年の初物のはらんこ送っから!!」と送ってくれたイクラ。

ご飯の上、いっぱいにぶっかけはらんこ飯にして「いただきま~す。」
じいちゃん、ばあちゃん「ごっつぉさんです。」感謝!!




金沢に家を借り、これからをどうするか考えていた時期を思うと本当にうれしく思います。
秋ごろ、母から電話で「じいちゃんがな、寂しそうだがら思い切って溶接機買ってあげだんだ。すたっけーば(そうしたら)なんだが、元気出だみてぇだぁ。」
何をするでもない毎日・・・しようにもする当てが見つからず、天然の陽気さを持つ父でも震災から半年目はだいぶ滅入っていたようです。

溶接機を購入後、資材材料を買い込み鮭を置く台や、鮭を吊るす棚を作り始めました。
子どもの頃から大工仕事から水周りのこと、料理なんでもこなす父は頼もしいと思ったものです(笑)
呑むと陽気なおっちゃんですがね(^○^) そうやって働く父の姿が目に浮かびました(T_T)

まもなくして鉄工関係の仕事をしている叔父がたくさんの鉄材を持ってきてくれたそうです。以前、大工関係の知人より譲り受けた工具も私たちから送っていたので作業開始です。
毎日、毎日そして弟(息子)も休日返上で加工に必要な道具を作っていたそうです。

父「は~ぁあ、やったぐなつぇ。こえー、こえー(疲れた、疲れた)たいしたこえーぜぇ。」
でも、声はにこやかな表情から出ている声です。

2011年12月9日金曜日

健康診断から

10月に健康診断を受けました。
その際に言い渡されたのが「子宮頸管ポリープ」との診断。

(;´д`)「子宮頸がん?!」ガンなの・・・?
一瞬にして頭が真っ白になりました。

そして、先生は再度「子宮頸管、ポリープ。結構大きいので病院で取ってもらってください。」と・・・私に告知しました。私の頭の中はグルグルです。

「ガンではないですよ、おできのようなものです。紹介状を書いておきますので病院で取ってもらっちゃってください。」
 
えーっ?!「取ってもらちゃって~」だなんて先生よう、簡単に言ってくれるのぉ~~~。
今まで、そんな病名のつくようなもの風邪しかなかったじゃないよぉ(T_T)
自宅に帰りそそくさとネットで調べました。
まぁ、確かに先生の言うとおりガンではないし、簡単に処置が出来ると書いてある。
気を取り直すも、心はブルーでした。
 
主人にもメールで伝えた、ちゃんと書いたのだけど案の定“ガン”であると勘違い( ̄□ ̄;)!!そのまま上司に「家内がガンのようなのでこれからいろいろ大変になると思います」といっちゃったらしい・・・。
早々と帰宅・・・「これからどうしたらいい?」と真っ青な顔で帰ってきました。
再度、ネットで説明して納得してもらいましたがね。
もちろん、翌日ちゃんと上司に早とちりであったことを報告するようにお願いして。
 
さて、昨日重い重い足をなんとか婦人科に向け行って来ました。
内診をするなり「はぁ~、なめこのように生えてますねぇ。」はりゃ・・・なんという表現(笑)
「じゃ!取っちゃいますね。」  え?!後日じゃないんだ(>_<)
「はい、取れました。見ますぅ」 あっ、はい。
なめこを想像してましたが、納豆の豆粒大のしおれた風船のようなものでした。
 
あっという間の処置で言葉で言うなら、あっ!・いっ・う”っ・えー・お+と言い終わるのと同じくらいの短時間のことでした。
 
検診をしないといけないと思いながらも、ついつい後回しにしてしまっていたことを本当に後悔しました。
 
これからは年も年なんできちんと検診を受けることにしました。
もし、同じ診断を受け悩んでいる方、あっ!・いっ・う”っ・えー・お+って終わっちゃいますので悩んでないで早めに受診しましょうね。
 

2011年11月29日火曜日

クリスマスツリー

いろんな所でクリスマスツリーを見かけるようになりました。


マンションでも子ども会で毎年クリスマスツリーを飾ります。
今年は11/26に子ども達とママさんたちでツリー飾りに奮闘しました(笑)
エントランスが華やかになりました。





我が家では150サイズの大型のツリーがあったのですが、ワンコを飼いはじめてからは飾る事が出来ていませんでした┐('~`;)┌
そこで、今回被災地の集会所で飾るクリスマスツリーの募集があり、お役に立てれば幸いと思いお嫁にだしました。
みんなの笑顔(*^_^*)の素になったらいいですね。


これが我が家の玄関ツリーです!!
マグネットフックを折れ角のところ付けて、キュキュッと角度をつけるだけ。

残りのキラキラ紐を一ひねりするだけなんですよ。あとは長めの飾りとパールロープでデコレーション。
フックのところには大きめの飾りをぶら下げます。

は~い!!完成です。


日中はこんな感じです。
リースはおにいちゃんが低学年の時に芋のつるで作ったもの。
フリマでゲットした『Merry Christmas 』の飾りやまつぼっくりを飾り、電飾をプラスオン。



子ども達が帰宅するころにライトがつくようにダイヤルセットしてます。
そして、寝静まるころライトが消えるように・・・。

2011年11月12日土曜日

防災訓練

先週、地域防災訓練が行われました。
我が家の息子達の小学校に向かい、まずは子ども達の様子を見に行ってきました。

シニア体験
6年生の兄は車椅子体験(乗ってみる、押してみる)
残念ながら写メなし。

3年生の弟くんたちは、シニア体験ということで足やひじの関節が曲がりにく装具を付け、重い重いベストに見えにくくなるようなめがねを装備。

「見えねぇ!見えねぇ!」とわめきながら歩いてました。
そうそう、足首にも重りが付いてます。



さてさて、校庭に集まると心配蘇生、AED説明&体験、簡易トイレのサンプル説明、毛布と棒で簡易に作るタンカなどなど遠巻きにみておりました。

震災もありもっと参加者が居るのかと思いきや、参加メンバーはいつもの顔ぶれでした。みんな忘れてしまったのかなぁ?

今回、あらたに追加された事は名簿を書くということでした。
「え~っ!書くのぉ?!」と言ってるママ友に思わず「これが一番大事だよ!!これで周りの心配している人がどこで生きているのか知る事が出来るんだから!!」と一喝してしまいました。
ありゃりゃ・・・周りの人がシ~ンとしゃちゃった。

( ̄□ ̄;)!!はっと我に返り「うちの親はこれを書かないでいたばかりに、一週間もどこに居るか分からなかったの・・・。」と。
ご近所のおじ様が「そういえば、お宅は東北で被災されたんでしたよね。」「そうだ!そうだ!大事な事なんだからやらなくちゃね」ってフォローしてくれました。

しかし、小学校の校舎を見上げ「この校舎に地域の人が集まったとしたら、どんな喧騒になるのか?」とぞっとしました。
大槌高校には1000人もの人が避難していたと聞きます。それよりも小さなこの小学校に・・・どれだけの人が集まるのだろうと。

なんとなく通り一辺倒の訓練、子ども達は「防災訓練かな?」と思うところありつつ、防災訓練に少々不満を抱きながら帰宅しました。

さて、防災用品で震災後、役に立ったものがあります。
携帯電話の充電器です。(おすすめ)

車のシガーライターとコンセントからの両方を使える充電器です。
スライドでFOMAとAUに切替が利く優れものでした。
コンビニで購入!!車用品店ではシガーライターのみの物ばかりでした。
たしか1980円ほどでしたね。

白い方は電池2個で充電できるタイプ。
これは、FOMA専用です。このタイプは専用タイプが多いようですが、私はいつもカバンに入れて持ち歩いてます。

防災用品って考えるとあれもこれも・・・とあっという間にカバンに入りきらなくなりますね(笑)
防災用品に入れておきたい物の中にちょこっとだけ・・・ぷらす。

トランプやあやとり
子どもがいらっしゃるご家庭には1次避難袋にあるといいですね。

電話番号のメモ
最近では携帯電話で対応する事が多く、いざかけようにも電話番号を覚えていないという事は私自身もあることです。

写真
家族もそうですが、ペットの写真も探す時に特徴のある部位などもあると良いようですね。

あとは、それとなく習慣で身につけておくこと。
なんでもそうですが、備蓄は新しく封を開けたら、必ず次を購入する。
お米やティッシュ類、まぁなんでもそうしておく事で現行使用、利用している他に備蓄分がある状態ということですね。
ちなみに、我が家は米、ティッシュ類は備蓄2袋にしています。

それから新聞紙はひと月ぶんは残しておきます。次の分がひと月が溜まったら先のものを出すという感じですね。

もともと持ってはいましたが、家族が増えてから増やしていなかったもの。
防災用トイレ用品とアルファー米

購入いたしました!!

そして、先にあったアルファー米はみんなで試食してみましたよ(笑)

2011年11月1日火曜日

とりっく おあ とりーと

無事にハロウィン祭おわりました。
我が家の玄関には『デスマスク』です。
子ども達が怖がってくれるかなぁって期待したんですが・・・(笑)「なんだこれ~」「かぶってみてもいい?」と部屋の中で待つ私に聞こえてきました。
夜ならもうちょっと雰囲気出たんでしょうが、日中ではいまいち怖くなかったみたい┐('~`;)┌


ジャックオアランタンハウスめぐり はじまりはじまり~。
トリック オア トリート お菓子をくれないといたずらするぞぉ。」

「いたずらはやめて~!! お菓子をあげるからとっとと立ち去れ~。」


とまぁ、こんな具合でピーナッツバターサンドクッキーを渡し、子ども達は立ち去っていったのでした。

でも、どこかで怖いお部屋があったのでしょう。半べその女の子も居ました。





さて、お次は『かぼちゃのグラム当てコンテスト』

さてさて、このお手製かぼちゃは何キログラムあるでしょう?
毎年、中身で重さを変えグラム当てをしてもらいます。

なんと!!我が家は今年は同率1位。じゃんけんで負けてしまい2位となりました。商品はマックカードo(^-^o)(o^-^)o
翌日のお昼ご飯は!もちろんマックランチとなりました。




写真の黒マントと骨骨マンは私の手作りなんですが・・・(^∀^)>
黒マントはサテン、幼児の時に作った時はドラキュラのイメージでしたが、今は?!倍の身長になってしまってるのでありきたりマント。一応かぼちゃマンだそうです。

骨骨マンはなんとパパの黒のロングTの下に白の半そでを重ね合わせ、表面を骨に切り取り黒Tと白Tの切り口を縫い合わせたものです。とってもエコでしょ(笑)

津波てんでんこはどうなったかって?

こんな感じで子供たちが
一生懸命練習して、みんなに披露してくれました。




そして、協力していただいたママたち!!
上手な絵を書いてくれてありがとう(^^)v

2011年10月26日水曜日

ハロウィンペープサートの台本

今週末がハロウィンですね。
でも、なんだか陽気がおかしい?!
いつも、この時期は長袖で「ハロウィンが終わったらインフルエンザだね。」なんて言ってるのに、なんだかまだまだ冬が遠いような気がする。

さて、マンションの子ども会も土曜日にハロウィンパーティーを行います。
そこで、我が家の実父母の津波避難の様子を脚色して「津波てんでんこ」をペープサートで発表します。
私が父母に聞いてきた内容は前回のブログに載せてあります。
http://hitohari-tohari.blogspot.com/2011/08/8151.html

そしてこれが今回のストーリー(台本)です。

津波てんでんこ (緑チーム ペープサート)

津波てんでんこ。これは東北の海のちかくで生活をしているひとたちの昔から言いつたえられていることばです。
「てんでんこ」とはひとりひとりが、それぞれにという東北の方言です。津波のときは、親子がばらばらになっても、それぞれ高い場所へ避難するように教えることばだそうです。

家族が自分の力でにげることを信じ、捜したりしないことが、ひとりでも多くの命を救うことにつながるというのです。

災難にあったとき、まず生き残ることに全力を尽くすということです。
これからお話しするお話は、お友達のおじいちゃん、おばあちゃんのお話です。
お友達のおじいちゃんとおばあちゃんは、岩手県の大槌町と言うところでお魚屋さんをやっていました。

2011年3月11日のあの日、おじいちゃんとおばあちゃんは、少しはなれた町まで用事を済ませるため、一台の車にふたりで乗ってとなり町まで出かけました。
しばらく走るとおじいちゃんが言いました。
じいちゃん:「あれまあ、靴をはきかえてくるのを忘れで長靴はいたままで来てしまった。」
ばあちゃん:「なんとまぁ、戻るもの面倒だから いいから、いいから」とおばあちゃんが笑いながら言いました。

そのまま車で走っている時でした、大きな大きな地震がおそってきました。
車は走りながら “ぴょんぴょん” はねているかのように揺れました。
あわてて、車をとめて長い長い揺れがおさまるのを待ちました。
ばあちゃん:「なんとまぁおっきな地震だったごど。」
じいちゃん:「こんなでっけぇ地震が来たってことは、絶対津波が来るぞ!!」
そう言っておじいちゃんはいそいで車を走らせました。

峠を越えてくだりを少し走ると、消防団のひとが道の真ん中に出て、大声で叫びながら両手を振っています。「止まれ~、止まれ~。」
おじいちゃんは車を止めて消防団のひと話を聞きました。
消防団:「おっきな地震であぶねぇがら、ここに車を止めてください。」
ばあちゃん:「おじいちゃん、消防団のひとの言うことを聞いて車をそこに止めて。」とおねがいしました。
ところがおじいちゃんは
じいちゃん:「こんな低いところにとめられっか。俺は山の高いとこさいく。」と消防団のひとの言うことを聞かずに山に向って走り出しました。
おじいちゃんとおばあちゃんは車の中で大げんかをしはじめました。

でも山にあがって、山から海を見たときびっくりしました。海には水がなくなっていたといいます。
あわてて、山をとおりぬけ家にもどりました。
家についてすぐに、おじいちゃんはふたりで乗っていた車をおりて、おじいちゃんとおばあちゃんは2台の車で逃げはじめました。
町の中にはまだたくさんのひとたちがいました。
海のほうを眺めているひと、自転車のひと、歩いているひと。

2台の車はみんなとはちがう方向に走ります。
おじいちゃんは地元のお年よりです。だから、町の裏道をしっていました。
町ではみんなが車で逃げようと大渋滞がおこっていました。前にも後ろにも進めなくなってしまっていました。
そこに津波はやってきました。渋滞の車はあっという間に津波にのまれてしまいました。
高台にある学校の裏山に出て親戚の家に着いたとき、津波はもうそこまで来ていました。
見ているうちにどんどん津波が上がってきたのです。
おじいちゃんもおばあちゃんもじりじりと後ずさりして、また山の上まで登り助かることができました。

津波は低いところにいてはいけないのです。
地震が来たら、とにかく高いところへ家族バラバラになっても逃げなくてはならないのです。
命さえ助かればまた、家族みんなで会うことができるのです。
お友達のおじいちゃんのお母さん、つまりひいおばあちゃんがいつも言っていました。
「地震が揺れたら、ランドセルに教科書を全部つめて走って山さ逃げろ。」
おじいちゃんは自分のお母さんがいつも言っていたことを思い出し、山に逃げることを実行したことで助かることができたのだと思います。

親戚のおじさんやおばさん、その家族もみんなバラバラに避難所や学校に逃げました。
家族みんながやっと会えたのは2、3日後のひともいたし、1週間後のひともいました。
みんながてんでんこに逃げたことでみんな命が助かり、家族がそれぞれ会うことができました。

お話の最後に
お友達のお母さんにおばあちゃんがこっそり言いました。
「あの時、おじいちゃんの言うことを聞いて良かった。そうでなければ今ごろ車を止めたところで津波に流されていたかもしれなかった。」と。
おしまい。

2011年10月19日水曜日

私も立ち上がる・・・かな?!

ハロウィンの準備を始め、眠っていたものがありました。
ハロウィンの衣装が・・・。
子ども会でママ達が引率の際に身に着けました。
でも、2度程・・・土地柄か10月末といっても気温が高くてちょっと難ということで倉庫inになっていました。


自分写メがうまくいかないので、主人に着てもらいました(笑)
「顔、撮らないでよ~。」と言いつつも協力していただきました。あ・り・が・と!
ツイッターに流しました。ここではもうちょっと詳しく書いておこうかな(^ω^)

ハロウィン衣装(大人用)
マント 4枚
帽子  4枚

私が作成しました。手作り感たっぷりですが被災地余興、幼稚園、保育園などでご利用いただければと思います。

まとめて送付いたします。もちろん送料はこちらで!!
来年は新しいものを用意できるかも知れないけど、今この時に必要とされるところへお嫁に出します。

それから!!
写真ありませんが、120cmサイズのクリスマスツリーもお使いいただけるところがあればお送りしたいと考えています。
飾りはとてもチープな物しかありませんが(゜_゜)(。_。)
ツリー用の電気?チカチカするあれ!あれ!
ん~ん?なんて言ったかなぁ。

まぁ、とにかくクリスマスツリー一式ですね。
ワンコがいるので飾る事も出来なくて・・・。

お役に立てたらと思うのですが。

立ち上がる!!

被災地のために何かできなか?!
そんな事を考えている・・・でも、何をして良いのか?

被災地というが、私にはその被災地に家族、そして多くの親戚がいます。
主人の母、その義母の兄弟。義姉のご主人の母、妹家族、おじ様、おば様。
私の両親、妹家族、弟家族。
両親の兄弟(叔父、叔母)その兄弟(叔父、叔母)の子ども達その家族・・・。
その中に亡くなった方もいまだ行方不明の方もいる。

3.11の後、私にはその人たちを「何とかしなければ!!」その一心でした。
着る物、食べる物をなんとかしなければ、その多くの家族や親戚も少しずつではあるが落ち着きを戻してきたころ、大きな脱力感を感じました。
「何をしたらいいのか?」

子ども達を置いてボランティアにいけるわけも無い。
毎月、毎月支援団体のHPを見て自分に出来る支援を行ってきたものの、本当に極小な自分に憤りを感じていたのも事実。

その中にも小さいながらも立ち上がる人たちがいる。
そんな人々・・・。

つぐ家☆今日はなぁど?
http://ameblo.jp/tsugu0626/

---以下、抜粋---

2011-10-13 18:44:51
テーマ:ブログ
久々に…KSBマザーズネットワーク始動!!

…え? 「KSBって何」って?
もちろん、AKBの仲間…ではありません(笑)

311の震災以降、被災地への支援活動を行ってきた、私を含むママたちのサークル?です(^-^)

これまで子供服や、食料品、化粧品、生活雑貨など…物資を集め、被災地に送る活動を行ってきました。

サークルと言っても、何か集まりを持っているわけではありません。

でも、常に被災地を気にかけてくれる…優しく強いママたち!!

今回、私が

「大槌の子どもたちや親御さんを励ますために、何かやりたいんだ…支援金を集めてXmasプレゼントとか…PTAに寄付するとか…知人が11月、12月に大槌にボランティアに行くから、彼女に託せるし…」

と言ったところ、みんな協力を快諾してくれましたo(^o^)o

そして、ある一人のママが「ハガキとか切手とか集めたらどうかな?書き損じハガキだって、切手に交換できるし、換金すればちょっとしたお金になるかも?」
と!!!

よっしゃー!!やろう!!

早速、幼稚園のママたちに声をかけ、職員室に回収箱を置いてもらいましたが…

小さい幼稚園…なかなか集まりません(ToT)

そこで!
思いきって、このブログを通して全国の皆さまにお願いします!!
お家に眠っているもので構いません!

以下のものを集めます☆☆☆↓↓↓↓↓↓↓↓

★官製ハガキ(年賀状含む)、切手(未使用)
★書き損じハガキ(一度も投函していないもの)
★テレホンカード、図書カード、マックカードなど(未使用)
です♪

※書き損じハガキとは、例えば買って、印刷したはいいけど出さなかった年賀状など!宛名間違ったりして、出さないでおいて…しかもクジもハズレてた(>_<)とか!
※もし住所など個人情報が記入済みで、心配な方は修正液で消すかマジックなどで塗り潰して消してくださいm(__)m

寄付してもいいよ~(*^^*)という方!!

お家にあるもので結構です!

下記に郵送して下さいm(__)m↓↓↓↓↓↓↓

〒333‐0848
埼玉県川口市芝下3‐20‐39
川口芝下郵便局 留置き
KSBマザーズネットワーク
代表 橋本亜美 行き


にて、【郵送】お願いします!

申し訳ありませんが、郵送料は発送者様のご負担でおねがいいたしますm(__)m

普通郵便で大丈夫です。
高額になりそうで普通だと心配な方はご相談ください!

一筆箋にでも、大槌の子どもたち、親御さんにメッセージを添えていただけるとなお嬉しい!
私たちが、メッセージブックとしてまとめて…それもプレゼントしたいです!

お願いばかりで申し訳ありません(ノ_;)

チャリティーTシャツを作っちゃうミケ兄には程遠いのだけども…(^o^;)
【ママたちにも出来ること】で、支援を続けて行きたいと思うのです。。。

大作戦ほどじゃないから…小作戦かな(^^;)ゞ

大槌めんこいキッズにXmasプレゼントを★☆★小作戦!

他に、ただいま、チャリティーバザーも企画中!!

成功するかな…いや成功させたい!!

ただお金を集めるんじゃなくて…関わった方々が被災地・大槌に関心を寄せてくれる…そんな企画にしたいなぁと思っています。

そして、大槌のめんこいキッズとその親御さんが、笑顔になってくれたら…☆☆☆

皆様のご協力お願いいたします!!!

---以上。---

と、がんばってるフォロワーさんたちの紹介もしていきます!!
是非、皆様よろしくお願い申し上げます。

2011年10月12日水曜日

稲刈り体験

10/10 世間では体育の日として運動会や体力測定会などが催されていたようですね。
我が家は地域振興の参加で稲刈りに行って来ました。
そんな田舎に行ったわけではないのですよ(^^)v
スタジアム脇の小さな小さな田んぼなんです。

5月に田植えを体験し・・・。
「えっ!!もう稲刈り?」
と、思うほど月日が経つのは早いものですね。

子ども達にカマを持たせ稲刈り開始だ。
レッツGO!
ボケーっと見てたら「はいっ!」と刈り取った稲を渡される?!そうです。稲束を作るお手伝いが始まりました。
慌てて撮影したので影が入ってしまいました・・・(゜_゜)(。_。)
「ちょっとV字にして縛ると広げやすいよ。」とご指導を受けて乾燥した藁で縛っていきます。
そして、傘お化けのように干していくわけですね。
“うわ~ぁ。腰に来るぅ”ともがきながらやっと刈り入れ完了。パチパチパチ~ッ。

結構、縛りましたよぉ。
その夜から、尻の下からモモ裏に筋肉痛が・・・。
今まだ筋肉痛で、腰掛けるのがつ・ら・い(;_;)
そこにお目見えしたのがウシガエル。
お邪魔してどうもすいません。しかし、なんともデカイ!!ですなぁ。
体格に見合わず、案外身軽に飛ぶんですねぇこれが。
ヒトッ飛びで1mは飛んでましたよ。子ども達は大喜び!!
6飛びくらいして草むらの中に入っていきました。


刈った稲はしばらく乾燥させて、今度は脱穀をするそうです。
農家の方の苦労もほんの少しですが分かったような気もします。
でも、束ね方や刈り取りなど素早く楽にする方法と言うお話を伺う事ができ「なるほど!」と思わされることの方が多く、とても貴重な体験をさせていただきました。ありがとうございます。

2011年10月9日日曜日

ペープサートの作成

季節の変わり目か、体のあちらこちらにガタがきている(笑)
風邪こそ引いていないが肩が痛くなったり、疲れが残ったり・・・と。
“年”のせいにしたくはないなぁ。

さてさて、10月と言えばハロウィンです。
マンション子ども会用のペープサートの登場人物を作成してみました。
まずはおばあちゃん
絵を書いていて思ったのは、お年寄りを書くのって難しいです。
なんとも若く出来上がってしまった。これがホントの若作りですね(笑)
昔話のおばあちゃんは頭がおだんごで、割烹着か作業着ですよね。
いまどきのおばあちゃんはそんなんじゃないしなぁ。
まっ!エプロンは定番ということで。


次はおじいちゃん
おじいちゃんのトレードマークは斜(はす)にかぶった帽子。
それとポケットいっぱいのベストに、やはりポケットいっぱいのカーゴパンツ風作業ズボンアーンド(&)ながぐつ。

さてお次は、消防団のおじさん。
ちょっと小細工をして腕が稼動するようにしてみました。
少し強面にとひげをつけてみましたが、お目目をま~るくしたのでかわいらしくなってしまいました(笑)

子ども達には後ろ向きでの対応があるため、消防団のおじさんにはバックスタイルも必要と!!意外とかっこいいでしょ(自画自賛ですなぁ(^^)v)
製作、これが案外骨が折れましたぁ・・・。

さてさて、どんなお話しになるかはこれからの練習次第ですね。

2011年9月30日金曜日

まもなく10月

もうすぐ10月になる。もう秋になった。
衣替えもした。加湿器を作動させなくちゃ。
インフルエンザの予防接種の予約取らないと・・・。

秋になると行事がいっぱいですね。
お祭り、神輿、運動会、ハロウィン・・・毎週毎週土日は大忙しです。
ぜ~んぶ子ども達のお付き合いですがね(笑)

先週は実家のお祭りがありました。
行きたいのもやまやま、現地に行けない理由もありツイッターで臨場感を味わっていました。
ツイートしていただいた皆様「アリガトー!!」

今は、子ども会のハロウィンに向けやっと資料作りが終わった。
明日は早くから子ども達と打合せをします・・・って、何が?ですよね。
うちのマンションはママさん達の協力の下、マンションの子ども会を結成させているのです。

七夕、夏休みはラジオ体操、ハロウィン、クリスマス、節分と行事は盛りだくさんなんです。
■七夕
http://hitohari-tohari.blogspot.com/2011/06/blog-post_25.html
■節分
http://hitohari-tohari.blogspot.com/2011/02/blog-post.html
前のブログですがご覧くださいな。

そして、今年のハロウィンはもちろんお菓子をもらいにマンション内を歩きます。
いつもなら、お化けや妖怪などの紙芝居やペープサートをするのですが、今年は震災もあり「津波てんでんこ」を題材にペープサートをしてみようという事になりました。

いろいろと題材にちなんだ書籍を読んだりしたものの、時代背景が古い、また情景(亡くなった事)などの表現がリアルすぎてかなり悩みました。

そこで、私の実父母の当日の非難の様子を「てんでんこ」に表してみました。
子ども達にもお友達のおじいちゃん、おばあちゃんの話なら身近に感じる事ができるだろうと役員のママさんたちもうなずき、早速執筆?!なんて程の事ではありませんが読み上げの文章を考えてみました。

さて、明日が初の打合せです。
どうなりますかね。

おっとっと!まもなく10月になりますよ~。

2011年9月23日金曜日

台風一過

今回、台風15号は日本列島を横断で多くの被害をもたらしました。
ニュースでも3.11震災を思わせるような・・・なんて事を話しているが避難指示も速く出たり、それだけ危機意識が高まった事を感じます。

台風一過?! 私は子どもの頃「台風一家」と思っていました。ツイッター上でも同じ事を思っていた方がいたようで(笑)
「台風ができると次々子どもの台風ができるから台風一家っていうんだぁ」と思っていたわけですが・・・。

被害はTVでは見ていたものの、マンション前の工事現場ではこんな事になっていました。
一枚一枚のトタン屋根は8畳くらいはあるでしょうかね。
下の車と比較してもかなり大きい事が分かります。
飛散していたら・・・と思うと コワイ、コワイ。
当日、こんな日ほど仕事が重なるもので・・・子どものお迎えは引き取りをお願いしていたお宅に頼んでいたので、まずは片付けるべく仕事をこなしてました。
徐々に雨も風も強くなってきていました。とうとう暴風圏内に入り、外に出る事が危険と判断。
定時を過ぎたがしばらく会社にとどまる事にしました。
主人が早めの帰宅指示が出ていたので子どもについてはまずは大丈夫と!!

遅めの帰宅に近所に住む会社の人を車で自宅まで送り、帰ってきたら工事現場の人たちが道路でなんやら上を見上げて話している?ナンダロウ?
暗闇で見えなかったが翌朝出てみてびっくりしたのがこの写真の風景でした。

さてさて、今日は屋根を直しているようです。
震災の時もそうですが、復旧の早さ、日本の技術はすごいと感じます。



そうそう、暴風雨で怖いのは壊れた傘です。
どうして壊れた傘をそのまま捨ててしまう人がいるのでしょうか?
帰宅途中でも、壊れた傘が車道に飛ばされ向ってきます。「ぎょえ~!!」と避けたり、スピードを落としたり。
事故の起因になりかねません。
台風でなくても、少々風の強い時などには良くあることですが、物を大事にしないということや自分で最後まで後始末を出来ないという悲しい現象である事が分かります。

確かに子ども達は、毎度壊れた傘を持ち帰り「またかよっ(怒)」って私も思うけど、持ち帰るってだけ偉いねぇとつくづく思う。
昨日は、そんな話を子ども達と話しました。
「幸せや楽しさ、おいしさは人にいくらでも分けてあげていいと思うよ。でも、辛さや悲しみ、嫌な事は人に分けることではない!。それは押し付けと言うんだよ。嫌な事ほど自分ひとりでさっさと片付けちゃえばあっという間に終わるさ。」
なんてな事を言いながら「果たして・・・自分はどうかしら?」と回顧してみたりして。

2011年9月15日木曜日

サンマが届いたよ

少しずつではあるが港が賑わいはじめています。まだまだ復興とは言えませんがとてもうれしい便りではあります。
釜石港でもサンマが上がったと実家からサンマとイカが送られてきましたよ。

「B級サンマ送ったからなぁ。」といつも父は言う。
なんとも馬鹿でかいサンマがくるのです(笑)いつも尻尾が魚焼き器からはみ出してしまうんです。
でも、半分に切って焼くのはなんとも避けたい。やっぱり一本でお皿にのせたいですよね。

A級とは大きさの揃ったサンマのことを言うらしいのですが、そのためには中振りで揃える事になるわけなんです。どちらがA級でどちらがB級なのか・・・って感じですよね。

早速、その日は塩焼きにして、大根おろしをたくさん置いて、藤勇の醤油でいただく。三陸のサンマはこれでなくちゃね。

昨日はイカの天ぷら!!金沢のピーマンも入っていたのでそれも天ぷらに揚げ、芋天が食べたいと騒いでいた主人のリクエストを取り入れてさつまいもの天ぷら、いつの間にか超山盛りの天ぷらになってしまった。本当ならナスもするはずだったのですがあれよあれよと言う間に増えてしまったのであえなく断念。
実際はこの写真の倍以上の量が出来てまして(^^;)(;^^)

そして「今日のご飯は?」と聞いてきたので、本日もサンマといきますかぁ!!と「え~、またサンマぁ。」と子どもが言いやがった( ̄▽ ̄;)「なにお~(怒)卍」
と、そこで本日はサンマのピカタにしてみました。
ピリッと辛いチリソースで異国の風合いに!!

ツイッターで写メ入れたら、だいぶフォロワーさんのお腹にググーッと来たようです(笑)おいしくいただきましたよ~。
ごちそうさまでした。

2011年9月12日月曜日

友達

先日、安渡の友人から電話があった。
「メール打づよりもさぁ、しゃべったほうが早えべ!!」

震災当初メールはしていたが日が経つにつれメールがしづらくなった。それは、私個人の感情だけの問題だったのだが。
TVの被災地からのメッセージに友人が映ったのを見て、生存している事が分かり本当にうれしくホッとした。その後、なんどかメールをするも「よかったね。」「がんばって!」は言えない。すると、どんどん書き込みする言葉が無くなってしまうのです。
何を書けばよい、応援?!そんな無責任なことは書けない。

先日の盆帰省から戻り「今年は会うことも出来なかったね。」ほんの数行のメールを送った。なんて、薄情なんだろうと自分自身が情けなくなってしまった。
でも、本当に掛ける言葉が見つからないのです。

その数日後、電話が来たのです。
それはいつもの明るい友人の声でした。
「元気だがら心配すんなぁ~。」その一言がどれだけ自分の薄情さを払ってくれた事か・・・。「ごめんなぁ、何も出来なくて(;_;)」と言うことしか出来なかった。
それから友人の家族の避難状況を聞いたり、同級生の生存を聞いたり・・・。
看護士をしている友人は、病院で私の家族に会った話などなどたくさん語り掛けてくれた。

お正月には家族の近況を知らせ合う年賀状、お盆には盆踊りで年一度会い、年を重ねた話。太ったとか痩せたとか、目が悪くなり老眼だよと笑ったり。
あと何年したらまたそんな時間がつくれるのだろう・・・。
会えば高校生の時と変わらぬ時間。もう20年以上も前なのに、いまだ変わらぬ友人との会話。
『何十年かかるか分からないけど、安渡が大槌が落ち着いたら同窓会やろうね!!』今はまだこの言葉言えないけど、きっとやろうねって心の中で呟いた。

2011年9月3日土曜日

踊ってみました

ずーっと心の中で歌い続けていた“大槌魚場音頭”

「踊りってどうだったかなぁ?」と。
頭の中で何度も何度も回想してみたがなんだかいまいち・・・。
ふと、キッチンで踊ってみたら踊れた!!踊れた!!(笑)
体は覚えているもんですね。

小学校の時、音楽の柳田先生がピアノで録音したあの音源が思い出される。
軽快な曲調で好きだった。お祭りなどで使用されていた音源はなかなか浮かんでこないのはなぜだろう?

そうそう、盆帰省で伝え損ねてました。
金沢にお泊りに行っていた時、日中に太鼓の音がしてきました『金沢鹿子踊り』です。お祭りでは歩きながら踊っている姿しか見たことがなかったのですが、じっくりと鹿子踊りを見させていただきました。
太鼓の音色を聞くだけで心が躍ってしまいました(笑)

こんなの見たことない?!
以前に聞いた事はあったのですが、これが「ハエ取り棒」
運悪く停まったハエは身動きできなくなってしまう訳で・・・。
子どもの頃は、ハエ取りリボンが天井から吊るしてあったなぁ。
大人の計らいで子どもの通常生活に支障が無い高さにしてあるのに、棒を持てば振回しよく絡ませては怒られてたなぁ。

写真には無いが便利グッズと思ったのは、ビリビリショックのハエ取り。
山あいのせいか、ハエよりも蛾が多い。
ハエ取りで叩けば粉にまみれて後始末が大変なのですが、このビリビリショックのラケットでふんわりキャッチでビリビリっとするとあら簡単!!
横浜に帰宅し、この商品を見かけ子どもが欲しがったのは言うまでもありません。でも、却下・・・都会では蛾は少ないですからね。宝の持ち腐れになってしまいます(笑)


8/16 盆帰省

子どもたちの夏休みが終わり、やっと“宿題”から開放されたぁ。
と、思ったらガクッときてドッと疲れた。
なかなかパソコンに向う気になれずに盆の話題が随分と遅れてしまいましたm(_ _)m

こちらが大槌に秋篠宮ご夫妻がおいでになられた時、紀子様にお腹を撫でていただいた家のお嫁ちゃんとすくすくと成長中の甥っ子です(^-^)
震災後は、横浜に呼びこちらで出産をと病院も調べていたのですが、宮古の産婦人科が震災後も可動していたので結局残る事に。母は強しですね!!
無事に産まれて本当に安心しました。

そして、ここが今避難でお借りしている金沢の古民家?!です。
姪っ子はお嫁ちゃんの実家にお泊りで全員集合ではないですが・・・みなさま、皆元気にしております。ご心配お掛けしました。

この後、金沢に別れを告げお世話になった釜石キッチンカーの和っつさんの所へお礼に伺いました。
こちらのマスターは食堂、調理に関係する支援品を呼びかけられていました。我が家は包丁もまな板も流されていましたので、とても助かりました。
一般調理器具とは多少異なります。まな板にしても包丁にしても専用なわけで・・・(・・;)
こちらのマスターより大き目の出刃包丁を分けていただきました。「これで新巻鮭が切れる」と大変父は喜んでいました。
余談ではありますが、昔はお歳暮の新巻鮭の出荷は一本物が主流でした。
なぜなら「我が家にはこんなものが届いたのだ。」と軒先に吊るし見せびらかす?という話を聞いた事がある。
しかし、近頃では大型スーパーが軒並みの出店で、魚屋と言う商店が少なくなり持ち込んで切っていただける状況が無くなってしまっていると・・・。
そんな事もあり、最近は切り身で直ぐ食べられるようにとカットして送る事が多くなったのだそうです。
そんな事もあり“なた”に近い大きな包丁でいつも切り身にしてましたねぇ。だから大きな出刃包丁は何よりもうれしかったのだと思います。
和っつのマスターそして関係協力者の皆様、本当にありがとうございました。
和っつさんで焼き鳥とチリソーセージを買い込み・・・チキンカレーをと思ったのですが、その日義母が夕食にカレーを用意していたので話題のチキンカレーに後ろ髪を引かれながら釜石キッチンカーを後にしました。

そして平田の仮設に戻り、取り付けた備品に不具合が無いかを確認し、夜走りに備えて一休み。
今回はなんとも移動距離、移動時間の多い盆帰省でした。