2011年7月28日木曜日

ネットに載ってるオ・ヤ・ジ

なんと、我が父がネットで公開されておりますのじゃ(笑)
なんか、かっこいい事言っちゃってるし。

【くらしの特選街】
http://guidex.jp/kosita/info.html

しかし、震災後にこのHPは削除されていなかったのです。
ずーっと、ずーっと残っているのです。
あれからの数ヶ月間、思い出しては、開いて見てました。

申し訳ございません。
まだ、ご注文は受付かねます・・・。
いま、越田鮮魚店再開に向けてがんばろうとしています。
今しばらくお待ちください。

HPを見ればなんとも美味そうな海産物が目に入ってきます。
そういえば生簀にはいろいろいたっけなぁ。
カレイやうに、あわびにホヤ。
カレイに餌あげるんだけど、かわいいですよ。
ヒラヒラっと上がってきて、パクパクって。
って、それから私らがおいしく頂くわけなんですが・・・。

越田鮮魚店の近況はまたお知らせします。
次回をお楽しみに!!

横浜の警察の方々へ

昨日、母から金沢地区をパトロール応援に来ていた横浜の警察の方々が帰られると話を聞きました。

母の中には“横浜”ってだけでうれしくなるらしく、親しくさせていただいたようです。
恐らく、警察の方々はどなたにも分け隔てなく接しておられたのでしょうが、とかく我が家族は気に掛けていただいたと思い、とても有り難く感じたのではないかと思います。
だから、私に一生懸命に説明してくれたのでしょう。

母「横浜警察の人は、中区だってゆってだったぞ。」
私「そうだねぇ。中華街とかあるほうが横浜だから。」
母「そうが、そうが。案外近いもんだぁなぁ。」
(ん?! 本当に位置関係わかってるかな?と思いながらも(笑)まっいっかぁ)
 「新羽も知ってだっけぞ。タカセとかタカスに住んでるって。」
私「・・・?!」どこだろ?

折りしも、自衛隊の方々も被災地から退去となる同日であったため余計に寂しく感じたのでしょう。


横浜の警察の方々、誠にありがとうございます。
家族に元気を与えてくれて!!

と、後日談ですが
母が横浜警察、横浜警察と言うので特に違和感感じず聞いていた。
主人に“横浜警察”と話したら「横浜警察ってのは無いと思ったよ。神奈川県警のことじゃない?」と言う。
ネット検索してみたら昭和30年までは“横浜市警察”というのはあったようです。今は神奈川県警察に統合されているとウィキにありました。

2011年7月27日水曜日

自衛隊・・・作業終了

3.11震災から3ヶ月を経過し、まもなく4ヶ月を迎えることとなる。
7月で自衛隊の作業が終了するとのこと。

本当に本当に「ありがとうございます。」としか言えない。

初めて被災地に足を踏み入れた時、自衛隊キャンプや車両を見た時は違和感の中に恐怖を覚えた。「ここは戦場?!」
あれほどの野営キャンプ地はほとんどの人が初めて見る光景だったでしょう。

しかし、瓦礫の中で作業をする隊員、上部にはレスキューマットを持ち待機する隊員を見た時「助けに来てくれているんだ。」と心の底から感謝しました。
いままで思い描いていた自衛隊イメージは払拭され、本当に日本を守る!!と言う事を先端で行う人達なのだと。。。

震災当初は、遺体の収容そして瓦礫の撤去。
どれだけの遺体を目の当たりにしたのか?自衛隊の方々も同じ人間です。
見る衝撃も、受ける衝撃も私となんら変わらないはずです。
その本当の惨劇を知っているのは自衛隊の方々なのかもしれません。

それもこれも全て受け止めて作業を行わなければならない、その他にも配給、お風呂、慰問演奏会などなど多くの作業を長きに渡り費やしていただきました。
どれほどの敬意を示したらいいのか・・・?

被災地を支えていただきありがとうございます。
ただただ、それしか言えない。

2011年7月21日木曜日

復活なるか・・・

地元大槌ではトラック市場がローソン前で開催されたらしい。
少しずつではあるが、店の基板となる“営業”と言う稼業が可動し始めている。

越田鮮魚店はこの先どうなるのか?
実家の母と話した。

年齢を考えればもう良いじゃない?とも思ったが・・・。
「みんなの声に応えたい!」その気持ちがあるからこそ前を向いて歩けるのだろうとも思った。
そうだね。お母さんの作るはらんこ、きりごみは絶品!!
私も食べたいよぉ~。

大槌でも店舗の仮設集落が建設されると言う話は聞いていた。
以前、そこはどうなのか?と聞いてみたが、加工業では排水処理などの問題があり無理と言ってた。
簡単には創業できないのか・・・といろいろと調べていた。

今日の電話で今度、加工業向けに大槌市場付近に事業用仮設が建設されるとのこと。
そこに申し込みをしてきたと話していた。入居は10月頃の予定らしい。

少し話が弾んだ。
私:「業務用冷凍ストッカーや製氷機が必要だね。」「きれいサッパリ流されちゃったものね・・・。」
母:「まぁ、少しずづやってぐべんしたら。」
その声は明るかった。
ちょっとホッとした。

しかし、事業者への義援金は給付されない。
全ての資材は自らが用立てなければならないのだ。
義援金はどこへどう行くのだろう、どこに行っているのだろう。
“平等に”がいろんな部分で歯止めになっているという。

復活!!越田鮮魚店
がんばれ!!父さん、母さん。

豊島園プールへ

3連休は東京の友人宅へお泊りに行ってきました。
毎年恒例の豊島園プールです。

プール大盛況ですね。この暑さの中ならほんと水に浸かっていたい!!子どもに負けじと母も“ダッダ~ン!”と水着ですわ。
はみ肉フェアーですよ(笑)
さすがに・・・写メ無しです。

何十年ぶりにウォータースライダーにも挑戦。
そりゃなんといっても重力抜群なんで、加速はF1並に早かったのではないでしょうか?
ズボーンと着水時には鼻に水は入るわでしたが・・・。

流れるプールでは「ねぇねぇ、何人で来たの?」なんて隣でナンパしてる。
「うん!うん!若いねぇ」と聞きながら、すばしっこいガキどもを追かける。これでも泳ぐのは案外得意なんですよ~。
マーメイドとは言えない・・・アザラシですかね(^-^)

しかし、豊島園の波プールへは足が遠のいた。
どうもあのうねりがねぇ。
どうしても津波のイメージから抜け出せない。

あとどのくらいしたら受け入れられるだろうか・・・。

2011年7月16日土曜日

節電&涼

とても暑い毎日となりましたね。
節電のせいか、夜のジョギングはいつもより街の明かりがありません。「みんな節電してるんだぁ」

街灯なども一つおきに消えている。
いつもなら、ビルの形がはっきり見えるくらいに明かりがあるが、今はビルの形もおぼろげに見える程度。

ジョギングに出ると、今はまだ外のほうが風があり涼しい。
しっかり汗をかいてサッパリすると気化熱で体が涼しいまま寝床につける。


家でも微量ながら節電に勤しんでます。
扇風機つける前にまずは“うちわ”ですね。
多少エアコンの温度が高めでも、うちわで扇げば「う~ん、涼しい。」


家の中のグリーンも目から入る涼しさでしょうかね。
えっ!!目から入る私の姿は・・・
ちょっと暑苦しさがありますかねφ(.. )アハッ!

耳から入る涼しさと言えば「風鈴」ですよね。
チリリ~ンとなれば風流、風流。

今年はベランダにきゅうりとゴーヤでプランターグリーンカーテン製作中。
毎日元気に蔓を伸ばしにょきにょき空に向って伸びてます。
たぶん、毎日トトロのように「ぐ~ん、ぐ~ん」とやってるのかなって思うほどの成長。収穫が楽しみ。

2011年7月8日金曜日

七夕

昨日の七夕は残念ながら“雲”多めで天の川を見る事はできませんでしたね。
関東で天の川を見た事はありません。

子どもの頃、岩手の空で天の川を見た記憶がいまだに鮮明に残っています。
そのままの記憶の通り天の川をいつを最後に見たかなぁ~と思い出しても、いつが最後だったか・・・?

去年、大槌に帰省した時に子どもたちが「岩手の星は大きい」と言った。
確かに、関東を離れると星はとても近く、瞬きまで見える。
星の瞬き、今チカチカしているのはずーっとずーっと何百万年(何万光年と言っても理解できないので)も前に光った光がやっと地球で見れているんだよと説明。
その時は星に感動し見入ってしまったのか良く話を聞いてくれていた。

そしてそれを覚えていたようで「岩手の星はきれいなんだよね」って空を見て言っていた。その子どもたちの記憶が今年の七夕での収穫かな。

そして、今日は七夕飾りを外しました。
ガラーんとしたマンションのエントランスを見てなんとなく寂しくなってしまった。

また来年屋形船作ろう!
そして飾ろう!
町の復興を祈願して・・・。