あと一時間もすれば釜石に着きます。
内陸部は店頭物資はやや少なめなもの、無いに困るようではなくなっていた。
車に満載に横浜から持ってきた自分達は…なんか複雑な心境。
それでも、ニュースやTwitterでは物資不足を投げ掛けている。
まずはこの目で見て判断しよう。
そして本当の声を聞いてこよう。
東北関東大震災から今日で20日。
意 味: 今日縫えば一針で済むほころびも、放っておくと次第に大きくなって十針も縫わねばならなくなる。何事も処置が遅れると、あとで苦労することのたとえ. =明日に持ち越さず、今日解決しよう!!= 関節リウマチ になりました。生きづらさ上手くいなしてゆる~く生きていく。
内陸部は店頭物資はやや少なめなもの、無いに困るようではなくなっていた。
車に満載に横浜から持ってきた自分達は…なんか複雑な心境。
それでも、ニュースやTwitterでは物資不足を投げ掛けている。
まずはこの目で見て判断しよう。
そして本当の声を聞いてこよう。
東北関東大震災から今日で20日。
この一週間仕事しながら物資調達、仕訳、梱包、発送とバタバタ家の中は荷物だらけ。
仕訳は本当に大変!
一日がかりでやっとの事だった…。
夕べ子どもが「お母さん、冷蔵庫空っぽだねぇ…」と、買付は送るものばかりで一杯になり、我が家の台所事情が入る余地がなかった。
とにかくあるものを調理して食べていた。
とうとう底がついたので、さすがに今日は家の物を買おう!!
被災地は着るものは足りてきているようだ。
逆に貰いすぎても手狭な避難所には置くスペースは無い。それも理解しないといけないと思った。
現地のガソリン事情が少し緩和されてきたようなので今週大槌、釜石へ行くことにした。
念のため携行缶は持参。
勿論、自分達の事は自分達で賄う。
そして、被災地を我が目で確かめに。
3/18 13時頃、妹からau移動基地局が大槌高校に入ったと自分の携帯から連絡ありました。
と言うことは、携帯の充電でき、電波受信できればメールだけでも受け取ってもらえる。
少し繋がりが持てた。
物資の供給について。
本当なら直ぐにでも駆けつけたい気持ちを押さえる。ガソリンが足りないのは14日の次点で、叔父が言っていた。
地元の動ける車が、外部からの車で燃料取られると。
確かに駆けつけたいが、それが本当の助けになるのか、自分の出来る事で助ける方法をよく考えた。
阪神大震災の時も「何しに来ている?ボランティア」や「救援物資の重複」ひどいのは「現代人の不要品ゴミ捨て場」そんな事があった記憶がある。
だから物資は集めている所にまとめた方が良い。
指定をされたものを、そして個人で送付可能になったら必要に応じれば良いと思う。
確かに声聞き、足りない物を聞けば直ぐにでも持って行きたいが、ニュースで承知の通り、現地周辺には車が乗り捨て状態に。
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道徳の無い行動が、次の道徳の無い行動に負の連鎖。
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既に明日19日出発で、燃料貨物が神奈川から青森経由で盛岡に入る。
配給は月曜か火曜か…。
更に福島の原発も大変な事に、私たち関東に居る人にすれば帰省する際に通る耳慣れた土地名。
津波被災地も原発被災地も並行して前に向かってほしいものです。
恐らく我が実家も津波に呑み込まれている可能性は100%
防波堤を超える10mでは、市場に近い(海から1キロ範囲)我が実家は浸水、衝撃が強ければ倒壊は免れないだろうと…。
未だ通信の制限により誰とも安否確認は取れておらずまさしく不安な夜。
災害伝言板、災害ダイヤル、メールも携帯やパソコン、ショートメール。
全て発信出来ているにも関わらず連絡が無いのは受け取れていないからか?
今、どこでどうしているのか…。。。
避難して不自由はないか。
自宅は、物の落下はあったものの損害と思われる物は無かった。
会社は早退した。
子ども達は集団下校後、友人宅が預かっていてくれた。とても有り難がった。
自宅に戻ると、前に説明していた災害時用リュックや備蓄品を子ども達が率先して用意しだした。ヘッドライトを首に装着。
風呂に水を貯めて万事に備え出した!!たくましい!!
私は実家の親兄弟に連絡が取れず、オロオロするばかり(@_@)
私が帰宅までの間、なんと犬をケージに入れて友人宅へ連れ出していてくれた。
その行動に感動しながらも、災害時のペットの避難方法を子ども達に説明した。その事はまさかに備えていなかった事に反省。
今、そしてこれから先、眠れそうにない。
早く朝になってほしい。
もっと情報がほしい。
早く誰からか連絡がほしい。